オレが叫びたいのは、いつも突き詰めれば一言。
『オレはここにいる』
オレが尋ねるのは、突き詰めればいつも一言。
『あんたは誰なんだ?』
この世の中は何だか全てがいつも半透明の薄い膜に覆われていて、誰かを真っ直ぐに見ることがとても難しいんだ。その膜は、姿を覆い、目を塞ぎ、耳を詰まらせ、口を閉ざさせる。
その膜の薄い人が好きだ。顔を見せて、声を聞かせて、話を聞いてくれる人が好きだ。
けれどその膜はバリアでもあって、それを薄くすることは傷つくことでもあると思うんだ。
表現ってのは全力でやるもの。
それが誰かに認められたら、そりゃ嬉しいよね。自分の全てが認められたように感じる。
だけどもちろん、否定されることもある。認められるよりも多い。そりゃ多いさ。
何の言い訳も出来ないほどに全力で挑んで、それが届かなければ、それは本当につらいこと。
だけどその繰り返しでしか進むことは出来ないんだろうってオレは思うんだ。
高校のとき、体育で長距離走やったときさ。
運動部の奴らの流しとオレの全力が同じくらいのタイムだったんだ。
けどオレ、ずっと全力出してた。速くもないしゼーハーいってかっこ悪かったけど、ずっと。
その方が気持ちよかったから。
本気出さなきゃ本気で傷つくことはないだろうけどさ。
本気で嬉しいことにも出会えねえ気がするんだ。
『オレはここにいる』
オレが尋ねるのは、突き詰めればいつも一言。
『あんたは誰なんだ?』
この世の中は何だか全てがいつも半透明の薄い膜に覆われていて、誰かを真っ直ぐに見ることがとても難しいんだ。その膜は、姿を覆い、目を塞ぎ、耳を詰まらせ、口を閉ざさせる。
その膜の薄い人が好きだ。顔を見せて、声を聞かせて、話を聞いてくれる人が好きだ。
けれどその膜はバリアでもあって、それを薄くすることは傷つくことでもあると思うんだ。
表現ってのは全力でやるもの。
それが誰かに認められたら、そりゃ嬉しいよね。自分の全てが認められたように感じる。
だけどもちろん、否定されることもある。認められるよりも多い。そりゃ多いさ。
何の言い訳も出来ないほどに全力で挑んで、それが届かなければ、それは本当につらいこと。
だけどその繰り返しでしか進むことは出来ないんだろうってオレは思うんだ。
高校のとき、体育で長距離走やったときさ。
運動部の奴らの流しとオレの全力が同じくらいのタイムだったんだ。
けどオレ、ずっと全力出してた。速くもないしゼーハーいってかっこ悪かったけど、ずっと。
その方が気持ちよかったから。
本気出さなきゃ本気で傷つくことはないだろうけどさ。
本気で嬉しいことにも出会えねえ気がするんだ。


